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水戸地方裁判所 昭和33年(わ)14号 判決

被告人 小島敏男こと大間力雄

主文

被告人は無罪

理由

本件公訴事実は、

「被告人は、昭和三十三年一月四日午後二時三十分頃高萩市安良川一、六七五番地先市道において、折から同所を通行中のA(当四十六年)を認めるや劣情を催し同女を強姦しようと決意し、突如背後から同女を抱え「騒ぐな声を立てると殺すぞ」等と申し向けると共に同女を市道南側斜面の杉山林内に引摺り込み、押し仆す等の暴行を加え、同女の反抗を抑圧した上、強いて姦淫しその目的を遂げたが、その際右暴行により同女に全治迄十日間を要する前額部割創を負わせたものである。」というのであつて、右の事実は当裁判所の審理の結果によつて十分認められるけれども、医師古川復一作成にかかる被告人の精神鑑定書によれば、被告人は昭和二十六年以来精神分裂病に罹患し、その全経過中適当な治療を受けなかつたためこの病患は漸次進行悪化し、昭和二十八、九年頃にはすでに相当高度の痴呆に陥つており、昭和三十三年一月当時も現在の状態よりはやや軽い程度ではあるがすでに相当重篤な分裂性痴呆に陥つていたもので、その精神能力は是非善悪を判断するに必要な素材的知識は断片的に有しているが、これを有機的に結合駆使する能力には著しい障害があり、そのため事理を自律的に判断する能力もなくまたこの判断に基いてなされる行動も善悪の基準を逸脱していたことが認められるのであつて、これを要するに被告人は昭和三十三年一月四日の本件犯行当時精神分裂病に因り事物の理非善悪を弁識する能力のないいわゆる心神喪失の状態にあつたものと認めるのが相当である。されば本件公訴事実記載の被告人の行動は刑法第三十九条第一項によつてその責任が阻却されるから、本件公訴事実は罪とならないことに帰する。よつて刑事訴訟法第三百三十六条前段に従い被告人に対し無罪の言渡をすることとする。

(裁判官 小倉明 石橋浩二 羽石大)

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